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このコラムは、日頃多くの患者さんに説明する内容や、書いている時期に感じたことなどを独り言として掲載します。
あくまで私の私見ですもし意見やリクエストがありましたら、当院のメールアドレスに連絡ください。

 




2019年3月21日
 県知事は県内出身の官僚の天下りポストではない
  今回の文章はネット選挙に相当する可能性もありますので、県知事選挙の告示を迎えて選挙期間に限ったものとさせて頂いて、投票日前日の4月6日には消去させて頂きます。
  私は開業以来、どの選挙応援もほどほどでやってきました。それは、患者さんの中には色々な人がいて、私がどの候補を鮮明に応援するかを示すことは適当でないと考えるからです。多くの医師が政治に興味がないのはそのためです。
  しかし今回は県知事選挙で丸山たつやさんを応援することを公表して、態度を鮮明にしています。
  その理由の一つに丸山さんは奥様と共に、5年くらい前から私の患者さんであり、島根県庁から東京の総務省に帰られてからも大変まじめに通院してこられて、東大出身にしては気取りがなく好感をもっていました。そこへ昨年今頃に新聞で、県議の多くが県知事に担ぎたいと思っているとの記事を読んで、この人なら今の閉塞した滅びゆく島根を救ってくれるのではと考えたからです。
  ここ何十年島根の歴代の知事は国会議員が県内出身の定年を迎えた官僚やその他東京で活躍した人を選んで、自民党候補として担いで当選していました。バブルが崩壊する前までの日本にはお金があり、公共事業を引っ張ってくれる国会議員の言いなりでも県知事は誰でも務まったのだと思いますが、その間に島根県は鳥取と比較しても自分でものを考えなくなり、国から自立が出来なくなってきました。国にお金が無くなると交付税は減り、以前のようなやり方では県の財政が成り立たなくなってきました。そこで溝口県政は何もせずに緊縮財政を選択する道を選んだのです。財務省のナンバー2であった人の考え方です。でも、県の役人にパワーが感じられなくなって、それが市町村にも伝染して益々市町村は過疎化してきました。その中でも隠岐の島の海士町、西ノ島町や邑智郡の邑南町などは独自の路線で都会からの I ターンに成功して町おこしを行っています。
  私が医局の人事で31歳で石西厚生連日原共存病院の院長になったころのことを思い出します。私も若く血気盛んでとにかく役場の課長などと喧嘩もしながら、病院の職員のやる気を起こして赤字病院を黒字化したころを思い出します。トップが後ろ向きになったらその組織は必ずつぶれます。トップは明るい未来を語り、そのことに一つ一つ手を打って初めてピンチから挽回できるのです。
  その意味で定年を迎えた東大出の官僚は最も県知事にふさわしくないのではないかと私は考えます。官僚はどちらかというと上が間違っていてもそれにたてつくことなく前例に従っているものが出世していくのです。丸山さんも元官僚ですが、48歳と若くまだ修正能力があります。定年まで勤めた人は今まで自分がやってきたことから脱却が出来ないのです。その意味で若さというのは大きなことをやっていくのに大変な魅力となるのだと思います。
  もう一つ丸山さんを応援する大きな理由があります。そもそも今回、国会議員の先生たちはなぜ自分たちの子飼いの県議がみんなで話し合って、次は島根を救ってくれる良い知事を選ぼうと思って色々な人と会い、その中には大庭さんもいたようなのですが、その中で県庁に総務省から出向して共に働いたことのある丸山さんに目をつけて彼に出馬を促して、とんとん拍子に事が運んでいたのに土壇場で丸山さんではなく、大庭さんに出馬を要請したのでしょうか。
  このことは、自分の子供たちが自立して育ってきて独り立ちをしようとしたのを妨害する親の様なものではないかと考えます。医学的にはジェラシーだと私は考えます。国会議員や元国会議員が自分たちは便利な東京に家族と住んでいて、滅びゆく島根を何とかしようと考えるよりも県議たちが自分たちの意見を聞く前に県知事候補を選んだことに腹を立てて、子供にお仕置きをしているように私には見えます。子供がせっかく成長して自立しようとしているのを黙って見ている位の度量は見せてほしいと私は考えます。
  実は私は、開業して以来20年の間、自民党島根支部と竹下青木事務所に
毎年120万円の個人の政治献金をしてきています。合計2000万は超えていると思います。もちろんやましいことは何もなく、ただただ県内選出の国会議員が国のため島根のために一生懸命に働いて欲しいとの願いから、毎年継続してきたものです。私は国会議員に好かれたところで何のメリットもない中での慈善の献金です。その意味では今回の選挙では私と同い年で還暦を迎えて、、国会議員や自民党が推薦している大庭候補を応援するのが保守的な安全な考え方なのですが、私はあえていばらの道を選びました。今のままでは滅びゆく島根県を救ってくれそうな丸山たつやさんを応援することに決めたのです。
   断っておきますが、私は大庭候補や溝口知事の人間性を非難しているのではありません。溝口知事は自分なりにまじめに県知事の仕事を全うしたし、大庭候補も真摯な気持ちで県知事になって島根を活性化しようと考えているのだとは思います。しかし、島根には余裕がなく一刻も早く、海士町や邑南町の様な自分たちで自立する市町村を作っていかなくてはならず、その市町村が自立するように陰から支援していく県知事が必要なのです。それには今回の自民党の国会議員の先生方のやり方とはあい反するものなのです。
   島根県は全国でも有数な県民性をもっています。平均所得は低いのにみんなよく働きます。女性の就労率は全国1位で、出産率も1位です。犯罪は全国で最も少なく、最も安全な県と言われています。ちなみに2位が鳥取です。選挙の投票率も不動の全国1位でみんな政治に参加しています。また、労働時間が短くて就寝時間も早く、熟眠度も全国1位です。ゆったり度は全国3位で、お弁当のおかずの数が全国で1番多いようです。所得が低いのに幸せ度は上位に来ています。過疎化が進んでいる割には何とか踏ん張っているのは、ひとえにまじめな県民性によるものなのです。ですから、国会議員始めとする政治家に多くのことは望んでいません。結果が悪いのは全て自分たちの努力が足りないと思う県民性なのです。それで今まで何の問題もなく政治家がやってこれたのだと思います。
  今まさに多くの県議が勇気をもって立ち上がってくれて、多くの企業がこれに賛同してくれています。私はこの機会を逃しては島根県民の国からの自立はないと考えています。地方の自立なくしては日本国の大きな1000兆円におよぶ借金からの脱出もないのではないかと思います。この条件の悪い島根で出来たら全国どこの県でも出来るくらいの、あまりお金のかからない優れた県民性を生かしたモデル事業を丸山たつやさんに期待しています。



2019年3月3日
 ルビーのいちごを知っていますか
  先日東京に出張した際に、患者さんとして来院された若い経営者と一緒に食事をしました。そこで診察の帰りに出雲市斐川町にある吉岡製菓の「リビーのいちご」というお菓子を2万円分お土産に買って帰ったというのです。そのルビーのいちごは東京で有名になっていて、Yahooの通信販売でもなかなか手に入りにくいというのです。
  そのルビーのいちごを作ったのはその会社の専務で吉岡洸28歳で、中学生の頃からアトピー性皮膚炎や風邪などでずっと私が診察して、洸と呼び捨てにして可愛がっている若者です。自分がアトピーであったためなのか、ルビーのいちごには卵、や小麦や牛乳は使ってないと記載してあります。あの洸が大変なヒット商品を作ったものだと嬉しく思い、本日は洸の紹介から話を展開して行きたいと思います。
  洸が当院に来院しだしたのは中学2年の頃からです。斐川東中学でテニス部に所属していて、私の長男が島根大学付属中学の1年生でテニスをやっていると診察の時に彼に話したところ、両校の練習試合で息子に声をかけてくれて「何か困ったことがあったら俺に言ってこいよ。力になるから」と言ってくれたのを今でも覚えています。彼はその後出雲工業高校に進学したところを見ると勉強は苦手だったのだと思います。しかし、すぐに息子に声をかけてくれるスピード感を持っていて、私とフレンドリーに話ができる社交性を持ち合わせ、自分に頼って来いという包容力備わっていました。それから当院の職員とも親しくなれていました。義理堅いところがあって、当院が休みの時に風邪をひいて熱が出た時には、よその医院にはいかずに休み明けを待って受診してくれました。
  そんな洸のことを私はとてもかわいく思っていますが、何せ頭が悪そうだし少しヤンキーかかっている感じだし、甘えん坊だし世の中で活躍できるのか少し不安でした。高校卒業後に自分の親が経営する吉岡製菓に入社して、付き合っていた女性とすぐに結婚して子供も早く授かっていました。
  その後のことは最近聞いた話なのですが、自分が失敗を重ねながら最高のお菓子を目指してルビーのいちごを作って、いちごが足りなくなったら、四国のいちご農家に飛び込みで乗り込んで気に入ってもらって多くの良質のいちごを確保したようです。また、Yahooのネット販売に出店して成功すると、東京の高島屋や三越などの百貨店の食品担当の人と交渉をして、スポットで販売できるまでになり、やがては店舗スペースを確保してルビーのいちごなどを売る展開に持ち込めそうだとのことです。来る3月19日から1週間新宿高島屋でスポットで販売をするようです。
  もう一人出雲に前途有望な若者がいます。コクヨーというシジミのパック販売やシジミ製品、干しいも(ダイエット食品)を製造販売している会社の専務で原嘉緒君です。彼も二代目で父親が始めてやや傾きかけた会社をアイデアと行動力で見事に立ち直らせた人物です。吉岡洸のことを随分と可愛がっているようで、お互いに通ずるものがあるのだとおもいます。ここの会社の食品はよくもらうので、自宅にもって帰ったり職員みんなで頂いたりしていますが、大変健康的でダイエットにも適した食品です。
  吉岡洸や最近私が付き合っている若手の経営者の特徴を見てみると、彼らはまず良い光る眼をもっていてスピード感があります。。さらに社交性と話術を学生時代に何らかの形でみに着けていて、義理堅く嘘をつきません。また、人を学歴や家柄などの固定観念で評価せずに、その人のありのままの人間性を見て仕事をしている感じがします。まず、大学はどこを出ていますかなどのくだらない質問はしない。質問があるのは常に未来志向の話ばかりで、今年還暦を迎える私にはとても心地の良いひと時なのであります。
  学歴などというものは自分の過去の歴史であって役に立たず、、その後どのような苦労を重ねていって、その苦労の中からどのようにして脱出したのかが大切です。自分のやっている仕事が人々の笑顔を生むことが出来るのかどうかを考えることの出来る人間が成功するのではないかと、私は彼らから学ぶことが出来ました。
  一つだけ彼らに年寄りの私からアドバイスがあるとすれば、困難に立ち向かう時は大きなパワーを生んで成功につながるが、仕事が順調で追い風の時ほど落とし穴があることを忘れないでほしいのです。そのことさえ守っていけば、まだまだ彼らは素晴らしい進化をとげていくことでしょう。
 


2019年1月31日
 ポジティブ、ネガティブのバランス
  戦国武将の中で最もポジティブに生きたのは豊臣秀吉であると思われます。一方で最もネガティブな考え方を持っていたのは徳川家康であったと思われます。秀吉は百姓のせがれから織田信長に引き立てられて、運も味方して天下をとったのでポジティブにふるまわないと出世は難しかったと思われるので、天下統一という時代の要請に生き方がマッチしたのでしょう。家来に領土などの恩賞を与えることによって言うことを聞かせてきたので、晩年まで朝鮮に出兵して失敗してしまったのは自然の摂理なのでしょう。家康は人を信じないネガティブな性格であったために、自分の死後も大名が裏切れないように出来る限りの政策を行っています。これも秀吉が統一した日本を戦乱の世に戻すことのないようにする時代の要望があったのでしょう。
  今の時代はどんな時代なのでしょうか。ポジティブな考えのみで暮らしていくのも少し危険と思われますし、ネガティブな考えのみでは人も寄ってこないし、組織は衰退するばかりなのでしょう。
  ではどうすれば良くて、どうすることを時代は要求しているのでしょうか。この命題はとても難しくて、今の時代はポジティブな考えもネガティブな考えも両方必要とされる時代ではないかと考えます。攻め時は攻めないと時代に遅れをとってしまうし、きちんとガバナンスを守っていくネガティブな思考も大切なのです。
  今こそリーダーの資質が問われる時代はないと考えます。リーダーによってその組織は悪くも良くもなっていくのです。さて、そのリーダーシップはどうやって養っていくのでしょうか。私は31歳と若い時期に公的病院の院長を経験させてもらったお陰で、リーダーとしての判断する場面を多く経験させてもらって、私が下した判断が正しかったのか間違っていたのかは別として緊迫した場面での判断力を身に着けることが出来ました。ここは攻め時守り時をなるべく正確に判断できるように常に考えて暮らしていければ、、どんなに小さな組織で生きていても自然と判断力は身につくものです。また歴史は繰り返しますので、過去の歴史上の人物を研究しても良いかもしれません。
  私がライフワークにしている漢方の考えも攻める漢方と守る漢方があり、それぞれの最適な処方をした時に初めて効果を発揮してくれます。漢方では陰陽という冷えと熱のどにらに患者さんが近いかの判定をして処方していきますが、この判定が極めて難しく長い年月の経験を要します。最近わかったことは、患者さんの長年苦しんできた症状から漢方薬で解放してあげた時には、その人の人生の軸のゆがみをとったかの様な感覚を味わうことがあります。
  漢方の世界だけでなくて、全ての事象において陰陽のバランス、ネガティブとポジティブのバランス感覚を養っていく人が、近代社会での勝利者になるのではないでしょうか。。そのためには特別なことは必要なくて、その人が生きている実社会がよい修行の場となるのではないでしょうか。
 


2018年12月31日
 還暦を迎えるにあたって
  平成もいよいよ終わろうとしています。私は2019年に60歳となり還暦を迎えます。さらに言えば平成元年2月3日に結婚して籍を入れましたので結婚30周年という節目の年でもあります。
  父親が47歳で胃がんで逝去したため、もう少し短命と思っていましたがここまで生きてこれたことに感謝しています。さらにもう一つクリニックを開業して20年にもあたる年なのです。私は数え年齢で10歳刻みで大きな変化がある人生を歩んでいます。10歳の時に斜視の手術を大阪医大で行ってから、長男でありながら稼業の建設会社を継ぐのではなく医学の道を志すようになりました。20歳になる年に父が他界しましたが、父の念願でもあった医学部に入学していたことがせめてもの親孝行と考えることができました。28歳になる年に稼業が叔父の放漫経営で倒産して、そこからいばらの道が待っていました。しかし30歳になる平成元年に妻が一文無しで連帯保証人による借金を持つ私の元に嫁いでくれました。この時にどんなことがあってもこの人を幸せにして見せると自分自身に誓ったのが、つい先日の様な気がします。
  32歳でJA厚生連日原共存病院の院長になり、労務管理の難しさを思い知らされて、さらには医療過誤で全国版のテレビにや新聞にも出ました。医療過誤の直後から院長として家族のもとに毎日通ってあやまって1週間で示談にこぎつけました。その頃は医療界はまだ秘密主義でしたが、私は正直に全身全霊で対応することの大切さを学びました。テレビや新聞にも示談が成立していることや誠心誠意対応することをコメントしたので、マスコミも騒ぐことなく一時的な騒動ですみました。出雲市内の200床の先輩院長が膵臓がん逝去されて、急遽医局の人事で38歳になる年に移動となりました。
   40歳になる年に自分自身が経営するクリニックを開業しました。医師にとって40歳代が一番パワーが出ると考えていたので、何とかその年に開業することができました。周囲の開業医の先生から反対も受けましたが、そこはパワーでおしきりました。その時に絶対に周囲の先生方の患者さんを奪うことをしないことを自分に誓って、新しい分野で勝負することにしました。すなわち漢方薬と西洋医学の先端的な治療を融合させた現在の私の医療です。順調に患者さんの数が増えて行って、すぐに一日の外来患者数が100人を超えてきました。
  好事魔多しとはよく言ったもので、50歳になる年の1月に学生時代にずっとやっていた剣道をやってみようと防具も買いなおして社会人の道場に行って稽古をした1日目にアキレス腱を切断してしまいました。外来を休むことなく午後から県中で手術をしてもらって1泊して早朝帰って車いすで外来を行いました。
  それからしばらくして千葉の病院で働いておられる漢方における師匠の寺澤捷年先生の外来見学に月に1度行くようになって、前日は東京で飲み食いして多くの友人も出来て、自分自身の考え方も確立してきてさらに外来数が増加してきたような気がします。
  60年生きて来て自分の持っている力以上の実績を積むことが出来たように思います。よく尋ねられる質問で、どのようにして多くの患者さんが来院されるようになり、さらに一日で200人以上の患者さんを診察して短時間で難解な漢方薬の決定を行って、しかも多くを治すことの出来るシステムを確立したのですかと。
  私の答えは一つです。長年私を支えてついて来てくれている妻や子供たちや職員にひたすら感謝して大切にすること。また、頼って来てくれている患者さんを治してあげるために一生懸命に最大限の努力をすることの積み重ねの延長線上に、自分自身の能力や遺伝子に応じた結果がついてくると。
  東京の銀座で知り合う成功者のほぼ全ての人が、職員や家族を大切に考えています。そこを大切にしない人に成功する資格はありません。還暦を迎えて人生の第4コーナーを回って多くの大波を経験して初めて言える言葉なのです。
  さて、10歳刻みで何かのイベントが出現する私にとっての2019年はどんな年になるでしょうか。1年後のこのブログで紹介したいと思います。自分をきつく戒めます「調子に乗るなよ」と。
 


2018年11月30日
 宝くじを買わない明石家さんま
  先日テレビで明石家さんまが言っていたことがあり、私も普段から考えていることでしたのでご紹介します。
  さんまは絶対に宝くじを買わないそうです。もし人からもらっても当たらないことを祈っているそうです。どうしてか仕事以外で運を使いたくないからなのです。世の中には宝くじや万馬券が当たって人生を狂わせた人が沢山います。そこで自分は何をやっても運が良いのだと考えて、次々にお金を使ってしまってついには集まって来た人に騙されて、悲しい結末になってしまうことが多いのです。
  運はそうそう巡っては来ず、出来れば人生をかけた仕事で使いたいと思っています。宝くじや博打やゴルフなどでは使いたくありません。私はゴルフをする時にショットやパットをミスしてたまたま良い結果を求めることはしません。ミスをしたらそのまま悪い結果で終わって欲しいのです。いつもゴルフは自分の運を使うところではないと考えているからです。宝くじもお金のなかった時からまず買いませんでした。
  100%正しい医療は未来永劫存在はしません。一生懸命に自分の行っている自分の医療において、出来れば運よくすべての治療が上手くいって欲しいといつも祈っています。やるべきことをすれば最後は祈るしかないのが医療なのです。もし、上手くいかなかったらまだ自分の実力が足りないと考えて今後努力を重ねて行き、上手くいけば運が良かったと考える考えるようにしています。何故なら同じような患者さんが来院して、成功例と同じ治療をしても上手くいく人もいれば上手くいかない人もいるからです。
  世の中の全ての事象は、行う側と行われる側のそれぞれ別の要因が変わってくるので、医師が成功した体験のみのデータでは確率が低く、行われる側の患者さんの要因も加味して初めて治療が上手くいくのです。
  そこに多大なる運も絡んで来るので、自分の持っている全ての運をそこに捧げたいのです。最も確率の高いギャンブルは一生懸命に仕事に打ち込んで、仕事上での運を呼び込んでいくことなのではないでしょうか。さんまさんもそんなことが言いたかったのではないでしょうか。あれだけ長くお笑いの世界でトップでいる人の意見なので参考にしてみてはどうでしょうか。
  


2018年10月31日
 プロ野球ドラフトからの考察
  今まさに広島カープとソフトバンクホークスによる日本シリーズが行われていますが、どちらのチームの主力選手にもドラフト1位で騒がれて入団した選手は少なくて2位以下で無名であった選手が活躍しています。スカウトが優秀であるのは事実でしょうが、ソフトバンクにおいては騒がれてくじで勝ち取った選手もいますが、その選手の活躍は大したことがなくて、第1戦に先発した千賀や捕手の甲斐選手は指名外の育成選手からの這い上がりです。なぜこのようなことがプロ野球のみでなくて実社会でも起こってくるのか考えてみました。
  甲子園で優勝した投手は結構な確率でプロでは活躍しない傾向にあるのはなぜでしょうか。最近では阪神の藤波は優勝投手で最初は活躍しましたが今一歩伸び悩んでいます。例外はPL高校で甲子園で数回優勝をしている桑田真澄です。また西武時代の清原和博も例外的に活躍しています。両選手とも私は理由があると考えています。桑田に関しては巨人が清原ではなくて早稲田大学進学を希望していた桑田を指名したために、日本中から猛烈なバッシングを受けました。清原は巨人憎しで巨人に勝つというモチベーションが強くて、二人ともそのアゲインストの風に対してエネルギーが出て常に努力をした結果が、当時の活躍を招いたのだと私は考えます。清原はその後巨人にFAで移籍してからは巨人憎しのエネルギーがなくなって努力を怠り、覚せい剤に手を出してしまって現在に至っています。桑田はその後もヒール役でコーチや監督の声もかからないでいるため、現在も野球を研究して努力していることでしょう。やがてどこかの球団から声がかかる日も近いと考えます。
  そんな感情を超えたところにいるイチローは目指すところが高くて常に理想のスイングを未だに追い求めているので、年をとった今でも昔と変わらない努力が出来るのだと思います。言ってみれば研究と努力の天才なのです。体も小さくて腕力もないイチローがプロで戦うには、野球以外の全てを捨てて努力すること以外に道はなかったのではないでしょうか。
  甲子園で活躍した選手はとかくその時点での活躍が自分自身のピークになってしまうと、プロになって二軍でみんなと同じだけの努力では一軍では活躍できないのです。プロでは自分と同じように素質を持っている選手ばかりですし、一軍で活躍するようになってからも大リーグなどにはもっと上手な選手は沢山いるのですから、さらなる高みを目指して創意工夫のもとに努力し続けるべきなのです。
  つまり、二流選手は自分の素質に任せてただボーっと練習しているのみで、一流選手は育ててくれた母の生活を楽にしてあげたいとか、ライバルには絶対に負けたくないなどの逆風に対してのエネルギーを努力に変えています。イチローの様な超一流になるにはひたすら努力をしなくていけないのです。
  日本シリーズを見ながら出場している選手の過去からの経歴や現在の成績を分析してみると、別の意味での楽しみが出てきます。さらに自分の人生や友人の人生照らし合わせてみていくと、何か確信がつかめてくるくるような気がします。

  


2018年9月30日
 故郷の神楽団を呼ぶことが出来た
  敬老の日の17日に念願であった私の故郷の美郷町の都神楽団を呼んで4演目4時間にわたる長丁場の神楽大会を開くことが出来ました。日頃頑張ってくれている職員や門前薬局の職員やその家族に福利厚生の目的で行いましたので患者さんに広く宣伝はできませんでした。美郷町にゆかりのある患者さんには声をかけることができて、懐かしい舞にとても満足していただきました。また、私自身が見せられておっかけとなっている片岡勇樹君の大太鼓にはいつもながら感激しました。
  今回は私の86歳の母親にも何十年ぶりの故郷の神楽を見せてやることが出来て別の意味で意義深いものでした。というのは神楽団員の幹部の何人かは教員をしていた母の教え子で、父親の死後母の弟が10年切り盛りしていた土建会社を30年前に倒産させて逃げてしまったために、母は一種の村八分状態で教員をやりながら2年位過ごしたので故郷にあまり良い感情を持っていませんでした。どうしても30年も経っているのでそろそろ私自身も母も故郷を許す気持ちになってもよいのではと考えたのです。
  前日には別の会でも一演目演じてもらったあとに一緒にスナックボギーを日曜日なので開けてもらって、若い人とカラオケで歌って大騒ぎをして団員の人ととても仲良くなりました。そして来年も来てもらう約束が出来たので、是非見たいという方は申し出でください。今回80人くらいの参加でホテルを借りてのイベントでしたので多くの人は無理ですが若干の余裕はあります。
  話変わって貴乃花の引退についてですが、相撲協会は圧力をかけた覚えはないと言っています。マスコミの一部は貴乃花が独り相撲で無責任であるかのような論調をとっている人もいますが、私は同じような経験者として貴乃花の気持ちはよく分かります。人は周囲から無視されることが一番つらいのです。それでもどこの一門にも入れずに頑張っていこうと思った矢先に、どこかの一門に属さなければ協会を首にすると乃花を狙い撃ちにするかのような決定は、武士の情けがなく対戦相手を尊重する武士道の精神に反していて、貴乃花の目指す相撲道の精神にに反しているからやめるのでしょう。やめるとわかってから我が一門に入れる用意があったと、今更言い出す愚か者の相撲協会の面々を見ているとこの組織に将来はないと考えます。先代の貴乃花を小学生の頃から応援して以来ずっと花田家と共にあった私の相撲観戦は終わりました。もう二度と相撲に興味を持つことはやめたいと思っています。私一人が相撲を見なくても大したことはありませんが、意外と私の様な考えを持つ人は半分はいて相撲協会の経営が危ぶまれます。
  今後の貴乃花の人生で大切なことは、今まで相撲しか知らずに生きてきている純粋培養なので世間や人の心理を知らないことで誤解を招くことも多々あり、その辺を勉強して頑張って欲しいと思っています。私も実家の倒産で痛手を被ってそこからなにくそと頑張って来て今日があります。30年経過した今では故郷を許すことが出来て神楽大会を催すことが出来ました。
  人間何十年も生きていると人を傷つけたり傷つけられたり色々なことがあります。その時に相手を恨んでも何の得もありません。それよりはひた向きに自分が信じた道に精進して相手よりも高みに行ってこそ最後の勝負に勝ったといえるのではないでしょうか。その高みとは地位が上がるとかお金を多く持つことではなくて、どれだけ多くの人々の役に立つかなのです。貴乃花も45歳とまだ若くこれから大いなる可能性があるはずです。そして成功して初めて勝手なことを言って批判している連中に勝つことが出来るのです。
  


2018年8月30日
 真の座標軸
  アマチュアスポーツ界でのパワハラ問題が話題となっています。その両者の言い分を聞いていて何時も思うことは、自分が絶対に正しくて相手が100%間違っていると言い張る人が多いことです。100対0という構図はほとんどないのであって、必ず両方に何割かの悪いところがあるのが正解なのではないかと私は考えています。
  医療の世界でミスを指摘する患者さんと現在の医療レベルでは自分の行った医療が最善であったと主張する医師。契約に関するもめごとなど弁護士が関与するような事例など、世の中の事象は全てグレーゾーンでの判断になります。どちらが正しいかはその時点ではわからないことがほとんどで、未来においてもわからないかもしれません。
  つまり真実などというものは神のみぞしるで、現在の世論や法律に照らし合わせてその時点で判断するしかないと私は思っています。
  漢方の世界で陰陽虚実という物差しがあります。それは自分が体力があって暑がりなら陽実、体力がなくて寒がりなら陰虚というジャンルに入ってきます。大抵の人は陽実か陰虚に分けられます。人間の正しいことと誤っていることの尺度にして座標軸を作って見た時に、大体の人は自分が正しくて他人が間違っているとの尺度を作りたがると思います。特に社会的に成功者と呼ばれる人はそうだと思います。そこで、座標軸の正解を人間を超えた神様のような絶対的なものにして、そこからどの程度自分が間違っていて相手もどのくらい間違っているかを考えられる人こそ真の成功者になっていくのだと私は思います。
  例え何割であろうと相手がどうのこうのと訴えている時点でその選手などは二流であり、その時点で第一線からはみ出しているのではないでしょうか。日大のアメフト事件で危険タックルをして自らの過ちを認めて真実を語ってアメフトの世界から身を引いた宮本選手は、その意味で人間として超一流の部類に入るのではないでしょうか。彼は二度とアメフトをすることはないでしょうが、社会人として立派に成長していくのでしょう。
  この世の中に最初から完璧な人間などいるわけがなくて、誰しも善良な自分と悪の自分を持っているのだと私は思います。そこで、悪の部分があることを認めて、それを抑制しながら生きることの出来る人こそが最も良い人と呼ばれてもよいのではないかと考えます。
  


2018年7月31日
 災害と日本人の平等感覚
  西日本の大雨による水害は日本列島に多大な爪痕を残してしまいました。いつも日本人は災害に合った地域に迅速にボランテイアを出したり、義援金を送ったりして、天災による被害に対してはとても優しい対応をします。それは日本人が農耕民族でみんなで協力しないと村を維持できなかったことに起因しているようです。
  私は実際に45年前の昭和47年の西日本の大水害の時に江の川という大きな川の堤防が決壊して、夜8時ころに道が川の様に激流となっている中を家族4人で父親にしがみついて逃げた経験があります。家の近くに小学校があって建物が高くなっていてそこにたどり着いた時は、死ぬところだったと心から続々とその家に集まってきて2〜3週間の間、数十人で共同生活が始まりました。道も鉄道も崩れて閉鎖されていたために毎日ヘリコプターでおにぎりが運ばれてきて、それを食べて生き延びました。そこでの共同生活は大変不便ではありましたが、中学1年生であった私にとってとても勉強になりました。災害で不幸な目に合ったらみんなで助け合うこと、悲しまず嘆かずに前を向いて生きていくことの大切さなどです。我が家は土建会社を経営していて、家も1年前に新築したばかりでした。水が引くと同時に浸かった家の泥の除去作業を従業員と共に父親がやっていました。建設資材も流されて建設機械も使用不能になったはずで痛手であったはずなのですが、父は喜々として働いていました。
  被災してしばらくしてから、大型の工事の発注が次々にあって土木を基幹産業にしていた地域が大変潤ってきました。あの被災直後に父が大変明るかったのはこのことかと後で気が付きました。
  日本は世界に類を見ない災害の多い国で、過去の歴史を振り返っても人々は災害との戦いに明け暮れています。やっと日常の生活に戻ったと思ったら別の地域がやられて、人々はいつの日か連帯意識を持つようになってみんなで協力して災害に打ち勝ってきました。日本は人々の心根が優しく、安全でとても住
みやすい国ですが、災害が多いことだけが欠点であるかもしれません。今後も災害は繰り返すと思われますので、我々は過去の歴史を検証しながら災害時の避難のタイミングや避難方法など細かい取り決めを作ることが大切であると思われます。
  一方で日本人は平等意識が強くて誰かが抜きんでて伸びていくことや誰かが良い思いをしていることにとても敏感に反応して怒ります。ずるをして得をした人や不倫の様に社会的な規範を破ったものや偶然に努力もせずに富を得たものなどへの反発はとても強く、最近では特にマスコミの誘導もあってこんなことで大騒ぎする暇があったら北朝鮮や中国、アメリカとの関係や貿易などもっと大切な議論があるでしょうにと思うことがあります。芸能人や政治家の不倫など昔ではあまり叩けれなかったことがワイドナショーで連日取り上げられます。もちろん本人たちが悪いことをしているのですが、あそこまでやらなくても社会的な制裁を充分に受けているであろうにと思うことはあります。
  今の日本人の状態は、農耕民族であるが故の災害時の助け合いなどの平等性に加えて、欧米化させた人権意識の高まりによるバッシングが加わった状態ではないかと私は考えます。
   武士の情けという言葉があるように人にあまり迷惑をかけてないような人の過ちには、あまり目くじらを立てて非難しないでもう少し大らかに対処する懐の深さも現代人に必要な気がします。がみがみ言う人に限って自分が同じ立場に立ったら同じことをするような気がします。自分が出来なかったからこそ悔しくて非難するのではないでしょうか。
   自分は自分、他人は他人と割り切って自分の信じた道を突き進むこと、これこそが昔の武士道の精神を身に着けた侍なのではないでしょうか。武士とは普段は大人しくて他人のことを批判せずにいて、いざ家族や周囲を守らなくては行けない時に命を懸けて守れる人のことを言うのではないでしょうか。また、他人のために一生懸命に行動できる人のことではないでしょうか。もし、そんな人が周囲にいたら変な誹謗中傷で傷をつけないで欲しいと願っています。
  


2018年7月1日
 栄枯盛衰はなぜ起こる
  栄枯盛衰は世の常で、人は繁栄したり衰退したりを繰り返します。繁栄するにはその人の努力が実ったりとか運がよかったとか周囲の人に恵まれたりとか色々と理由ははっきりするのですが、衰える原因は少なくともその時にははっきりわかりません。まさかあの組織がこんなになるとはと思ったことはあると思います。
  繁栄したいなら先を読んで人に頭を下げてひたすら努力を重ねて行けば結構な確率で成功するものです。学校の成績が悪い良いは関係ありません。むしろ勉強が出来なかった人のほうが会社を興して社長になっている人が多いようにも思います。それは有名大学に入った時点で成功者と考えてそれ以降努力しない人はとても成功者にはなれません。
  では、かなりの会社や組織が成功していても消えてなくなるのはどうしてなのでしょうか。そのことについて語られている本もなければ記述もありません。誰もそんな暗い話を聞きたくないからです。
  100年続いて存在する大会社は何度も何度も社長を交代して、その都度その都度成功した社長の成功体験を改革していき、常にその企業に望まれているコンセプトを新しくしているからではないでしょうか。どんなに出来る経営者であっても長い間トップに君臨して成功体験を繰り返していくうちに、真実が見えなくなっていくのではないでしょうか。だから企業は程よいときにトップを変えて組織を新しくしていくことによって、現在のクライアントが望んでいることを的確にとらえていくのだと思います。
  医療の中で考えてみると、医学は常に進歩していきます。その進歩した薬や診断機器を出来る限り上手に利用することは一般的な進化なのですが、もう一つ患者さんは色々と多くの訴えをしてきて、それに応えることが出来るように常に自分の頭を柔軟に対応していくことが大切に思います。
  例えば薬が効かなかったと患者さんが訴えた時に、いやな顔をせずに自分が未熟であることを認識して、さらに何とかして治してあげることを考えることこそが衰弱を防ぐ因子の一つであるように思います。このことは今私自身が衰退しないために常に考えて診療していることです。結果は私が死ぬときにははっきりすると思います。
 つまり人間は成功に満足しておごった瞬間から衰退が始まってくると認識した方が良いと考えるべきなのです。理屈で左脳では理解しても、感覚として右脳で自分のものにする人はそんなにいないと思います。どうしても成功者はそれは自分ではないと考えがちなのです。
  栄枯盛衰が世の常であることをしっかりと理解して生きていくことはとても大切です。逆に今がどん底の人でも努力を重ねていけば比較的簡単に必ず良いことが待っていることも最後に付け加えておきます。
  


2018年6月1日
 オキシトシンによる多幸感
  五月連休に家内とボスベイビーというアニメ映画を見に行きました。かいつまんで内容を説明すると、世の中に犬を飼う人を増やすためにドックカンパニーという会社が皆から可愛いがられる犬を作って、赤ちゃんを増やすベイビーカンパニーを邪魔するというストーリーです。
  この少子化の中で確かに犬を飼う人は増えてきました。女優たちが番組の中でペットを飼うようになると結婚したくなくなると語っています。この話はジンクスでも何でもなくて、極めて科学的根拠に基づいています。
  皆さんはオキシトシンというホルモンを聞いたことがあるでしょうか。恋人同士が抱き合ったり、犬を抱いたりした時に分泌される多幸感を与えてくれる幸せホルモンです。私の家内は愛犬家で犬を抱いているとに見せるこの上ない幸せな顔を見せてくれます。それは今までの彼女の歴史の中で最上級のものです。
  オキシトシンは医学的には女性の出産や子育てに関連するホルモンです。子育てに手がかかる時には犬を飼う必要もなく、子供を可愛がっていればオキシトシンが分泌されて大変幸せな気持ちになります。やがて子供が旅立ったり子供に相手にされなくなると犬を飼う必要が出てきます。
  オキシトシンのさらなる精神に及ぼす作用は、心が癒されてストレスが緩和される。恐怖が減少する。他者への信頼が増す。社交的となって親密な人間関係をもたらす。など多くのポジティブな作用をもたらしてくれます。
  では、恋人がいたり犬を飼っていたりする人は触れ合ったり抱擁したりすればよいのですが、どちらともいない人はどうすれば良いかというと、家族と楽しく過ごしたり職場の同僚と飲みに行ったりカラオケに行ったりプレゼントを贈ったり、要するに人を楽しませて幸せにしてあげるか、そうしてくれる人に会えばよいのです。
  家族も友達とも楽しく出来ない人は、映画で感動したりアニメの世界で恋したり感動してもよいとのことです。また、エレベーターでドアを皆が出るまで開くドアボタンを押していたりすることなどでもよいとのです。
  自分が幸せになることよりも他の人やペットを幸せにすることを考えた時に、その人にオキシトシンが分泌されて、自分自身に多幸感が生まれてきます。そして他人も自分も幸せになってくるのです。
  現代社会はITでつながっていて極めてスピーデイーに情報が広まって行くし、人間関係もフェースtoフェースでなくなってきました。そのことによってオキシトシンが分泌される機会も少なくなってきました。自分自身が多幸感を味わうために、是非とも自分にメリットがない人にも親切にしてみませんか。そのことで必ずオキシトシンが跳ね返ってきてあなたも幸せになりますよ。
  


2018年4月30日
 これから毎日同じように無心で生きていきたい
  私も来年には還暦を迎える年齢になってきました。還暦は十二支十干の60通りが一回りして新しい人生をもう一度歩むという意味です。
  今まで無我夢中に失敗を恐れずに思い切り背伸びをして走ってきました。そのお陰であらゆる事象が修行の場となって自分の地力をつけることができたような気がします。
  学んだことは勝ち戦の時と負け戦の時の自らの心境の違いです。勝ちたいと思った時には良い結果が出ることはなく、負けを覚悟に無心に頑張った時に良い結果が出たように思います。
  上手くいっている時ほど注意深さが必要であり、逆風の時には自ずとどこからともなくパワーが沸いてきて難局を乗り切ることができました。
  さて、これから人生が一回りしてどのように過ごせばよいのか少し考えてみました。これから新しいことをやり抜く体力は残っていません。自ずと60年間生きてきた人生の延長線上を歩んで行くしか道はなさそうです。
  私はこう考えました。これからもっと成功したいとかもっとお金を儲けたいとかもっと人の役に立ちたいとか、もっともっとの野望はまずは捨てようと思っています。多くの歴史上の人物がさらなる高みを望んで晩節を汚したことはよく知られています。豊臣秀吉、西郷隆盛など名だたる人たちがそうなっています。
  その組織にしがみついて老害と呼ばれるようになってきて、実力者であるが故に注進するものがいなくて本人は大変良い気でいるのです。あなたの傍にもいるのではないでしょうか。私はそんな晩年だけは過ごしたくありません。
  ではどのような気持ちで過ごせば老害と呼ばれなくて済むのか考えてみました。毎日毎日を平凡に同じように過ごして行くのです。雪が解けて春になれば桃の花が咲き、さらに梅の花が咲きアレルギー性鼻炎の患者さんが来院して、、桜が満開になって散っていく。その後藤の花が咲き、チューリップの花で田圃が一杯になるころには精神を病んだ患者さんが訪れ、田植えが終わり梅雨になるころからアトピー性皮膚炎の患者さんが増えてきて、真夏になれば夏バテや脱水で倒れる患者さんで点滴室が一杯になり、秋の気配が近づいてくると健康診断の最終駆け込みが沢山来るようになります。そして10月からインフルエンザの予防注射が始まって、冬が到来すると本格的なインフルエンザの流行が始まってくると同時に、昼間が短くなるが故のうつ状態が増えて来ます。私自身も12月には軽いうつ状態になります。年が明けて雪が沢山降って患者さんが激減します。そこを耐えるとまた春がきます。
  開業して19年以上のように全く同じリズムで過ごしてきました。有難いことに職員もほぼ変わることなく、同じメンバーで約15人の職員の赤ちゃんが誕生しました。
  私はこれからも平凡に毎日毎日同じように「無心」で過ごして行けることが大切だと考えています。そう出来ることによって、私自身が生きていけることのありがたさを噛みしめ、患者さんや職員への感謝の気持ちを強く持つことができるのだと思います。
  


2018年3月31日
 少数意見に耳を傾ける
  最近ではいじめがスマホによる仲間外れや陰口など精神的なダメージを与えるものが多くなってたちが悪くなって来ています。同級生や先生がいじめだとわかっていても見てみぬふりをするケースも見受けられます。
  先日貴乃花が年寄り会でその他の親方99人からつるし上げられていました。そのニュースを見て昔の戦争前の日本を連想したのは私だけでしょうか。貴乃花は自分の弟子が同じ部屋の弟子に暴力をふるったので世間に謝罪をして休場させました。自分が協会に逆らっていたので弟子の監督が不十分であったために反省したのでしょう。しかし、その前の日馬富士事件の協会の対応に不満を持ったので内閣府に告発状を出して、無断でテレビにも出ました。そのことの善悪の決着はついてないまま告発状を取り下げました。それは弟子を守るという意味では間違いはないと思います。
  問題なのは協会に逆らった意見が間違っているのかいないのかを検証する前に一方的に貴乃花が悪いのだと決めつけてみんなで総攻撃をかけたことなのです。確かに日馬富士の事件を協会に報告しなかったりしたのは彼のミスです。でもことの本質はそこではなくて協会の暴力をもみ消そうとした体質にあるのです。今回は自分の弟子が加害者であり被害者でもあるのですが、彼の反省した行動はゴルフクラブで弟子を殴ったり、同じく自分の弟子同士での傷害事件をもみ消そうとした親方よりはずっとたちの良いものです。それをこの時ばかりと1対99で多勢で攻め立てるのは子供のいじめに相当するような場面です。
  日本人は外国から見て礼儀正しく、決められたことは守ると言われていますが、大衆心理が一斉に一方向に突進することがあります。その最も大きな出来事が戦争の前後です。戦争前から戦時中は戦争に異議を唱える思想を持つものを徹底的に非国民扱いをして投獄しました。今度は戦争が終わるとA級戦犯だけが悪いかの如く扱われています。その時の流行の思想に流されて、本質を見抜いて意見を言う力がないのです。財界や政界などで神扱いされる人が出てきて、その人が右といえば右になってくるのです。権力の座に長くついてしまうと多くの日本人は錯覚を起こして自分の意見が 100% 正しいと考えてしまうのです。一人の人間が善悪を決める世界は長く続かないことを歴史が証明しています。
  私の実家の土建会社の倒産の前後でも経験しましたが、いくら社会に貢献していた会社でも倒れてしまうと地域の人々はなぜか一斉に非難を浴びせて、仲間外れにします。私は仕事上患者さんの会社が倒産した際には言ってあげます。「あなたは商売上の取引先には迷惑をかけたかもしてないが、世間の人には何も迷惑をかけていないのだから堂々と生きていきなさい」と
  また私は日々の診療の中でそんなことはあり得ないという言葉だけは使わないようにしています。医学の世界では診断の正確さや治療の有効性は必ず結果として出てきます。人間の体は嘘をつかないのです。もちろん現代の医学では治せないことは沢山あり、診断がつかない症状もあります。その時に一番頼りになるのが患者さんの治った治らないの判断なのです。患者さんの意見が一番正しいのです。この真実を求めていけば例え貴乃花の様な少数意見であっても、それが正しいなら自分の敗北を素直に認めて次の診療に役立てる努力の積み重ねが優秀な医師を育ててくれるように思います。
  あなたの働いている会社や家庭ではどうですか。少数意見でも取り上げて検討してくれますか。あなたは部下に対して意見を聞かずに自分の考えを押し付けていませんか。もし心当たりがあるならば、急に貴乃花の様に強行しては失敗しますが、徐々に組織を変えてみませんか。これから日本は人口減少と労働力不足に陥っていきます。その時には社員が一丸とならなければ乗り切れませんよ。


2018年2月28日
 失敗力から見たオリンピック
  先日、佐藤智恵さんというエッセイ作家と知り合いになりました。東京大学を卒業後NHKに入社してデイレクターをして退社してコロンビア経営大学院でMBAを取得されてコンサルタントとして独立されています。テレビにも時々出演されていて、「ハーバートでいちばん人気の国日本」というPHP新書から出ている本は15万部を売ったベストセラーになっています。
  もう一冊読んで欲しい世界のエリートの「失敗力」という本で、ハーバートやスタンフォード大学院の入試では学力と共に必ず過去にどのような失敗を犯してどうやって克服したかを問う論文が出題されるようです。つまり世界の企業は単なるエリートではなくて、ピンチの際に冷静に力を発揮できる人間を求めています。日本のトヨタを始めとする一流企業もその傾向にあるようです。
  私の短い人生を振り返っても、現在役に立っている感覚は若いころあるいは雇われ院長の時代、開業当初の若気の至りなど多くの失敗から学んだものが一番です。
  東京大学は解答がわかっていることを教えるが、ハーバート大学は解答が出てないことを皆で議論してどうやったら正解に近づくかを教える大学と言われています。もちろん企業はハーバート大学で学んだ人間を好みますが、日本も捨てたものではなくて佐藤智恵さんも述べていますが、外国人から見ると日本人には大変素晴らしいところがあり、日本史においても大切な教材が転がっているとのことなのです。
  人間は必ず失敗をします。その時は成功したと思っていても後の結果で失敗したなと反省することは多々あります。反省して次には失敗しないようにと考える人間は謙虚であり、必ず成功への道が開けてくるものです。自分の失敗を他人に押し付けたり、失敗に気が付かない人には進歩という文字はありません。そんな人はいくら学歴が高くても、地位や名誉があっても徐々にすたれてきます。
ハーバートではそのことにいち早く気が付いて、世界のリーダーを育てていくカリキュラムを組んでいるのです。
  話が変わって冬季オリンピックが終わり、日本勢では多くのメダルを取ることに成功しています。その中で失敗力から立ち上がったアスリートを指摘したいと思います。一人は日本が誇る羽生結弦さんで、言わずと知れた11月に足首の靭帯を損傷して歩くこともできない状態から徐々にリハビリを行って、やっとジャンプが飛べるようになったのが平昌についてからというから驚きです。自分が犯した失敗からけがをして、そこからただひたすらオリンピックで金メダルをとるためにリハビリ、メンタルの維持、イメージトレーニングはみごとという他はありません。さらに演技構成も今自分ができる最大限のジャンプで決して無理をせずに、でも出来ることは全てやる。4年前に金メダルを取るには取りましたが、フリーで転倒もしたりして不完全燃焼なものであったのが、今回は歴史に残る戦いをしたのは見事という他はありません。
  失敗は誰にもあり、そこから勝つためにどのようなメンタルでどのようにスケジュールをこなしていくかは、多くの企業でも参考になる事例です。
  もう一人スピードスケートの小平奈緒さんです。彼女は31歳ですでに選手としてのピークは過ぎています。若いころから期待されても全く結果がついてこないので、単身でオランダに留学して向こうの選手以上の練習をして、さらに大舞台で活躍できるメンタルも身に着けて帰ってきました。ワールドカップで負けなして、本番のオリンピックでも十分に力を発揮することができました。負け続けている時に自分に足りないものは何かを考えて、身体能力とメンタルの弱さであると考えて、そこを補うには本場のオランダに行って一流選手と一緒に練習をした上で自分の力を補う作戦に出たのが功を奏しました。
  世界で活躍する人は必ず良く考えて行動をしているということがよく分かります。我々多くの人間は世界では活躍できませんが、毎日毎日襲ってくるピンチや圧力にどうやったら打ち勝つことができるのか考えて考えて行動する連続において、成功への道が開けてくるのではと考えます。ピンチよ来い、どうやってお前を料理するのか楽しみでたまらないと考えることができた時に初めてその世界の巧みになれるのではないでしょうか。


2018年1月31日
 素敵な神父さん
  新年明けましておめでとうございます。
毎年私は2回だけカトリック教会にいきます。1回はクリスマスイブです。もう一回は1月1日です。
  私の先祖はずっと仏教徒でしたが、妻と結婚する時に妻はカトリックに入信して、子供が生まれて迷いなく幼児洗礼を受けさせることにしました。私はというとカトリックに入信しても良いのですが、毎週日曜日にミサを受けに教会に行かなくては行けないのが大変なので今だに入信を抵抗しています。死ぬまでには入信しても良いかなと思ってはいます。
  キリスト教には大きく分けてカトリックと プロテシタントの2つがあります。プロテシタントは主にアメリカ大陸に広く広まっていて、アメリカ大統領はプロテシタント以外からはなれないと言われています。その教会にいるのが牧師で、恋愛も結婚も許されています。一方でカトリックはヨーロッパを主に広まっていて、最高峰がローマ法王でバチカンというカトリック教会の国に住んでいます。法王を選ぶのに何日もかけて選挙を行います。カトリック教会には神父がいて恋愛も結婚も許されていなくて、教会で暮らしています。神父になるには神学校にいったりして12年かかると言われています。神父になっても恋愛に走れば神父を辞めなくてはいけません。禁欲生活の中で暮らしているからこそ神父は信者から尊敬されて慕われています。最後は東京の整った施設で人生を終える事ができます。
  我が家の二人の子供は小さな頃から毎週日曜日は教会に行って過ごしています。長男はまだキリスト教徒らしくありませんが、長女は敬虔なクリスチャンで東京に住んでいて上智大学内にあるイグナチオ教会に時々行っています。あの将棋のヒフミンが行っている教会です。
  30年くらい前に日本で初めての生体肝移植が島根医大の永末先生によって行われて、数カ月にわたって島根医大は世間の注目するところとなりました。その生体肝移植のドナーの肝臓を切除するスペシャリストとして九州大学から送り込まれたのが松尾先生で、彼はカトリック信者でそのお子様も教会に来ていました。当時の薄田神父さんが松尾先生の長男に神父への道を勧められて、その男の子が無事に神父になって長崎の教会に勤めています。この正月に出雲教会に初の神父としてのミサをしに出雲教会に来てくれました。
 私は彼を見て驚きました。34歳で元々イケメンではあるのですが、何とも言いようのない神々しさ(こうごうしさ)を生まれて初めて感じることが出来たのです。あの日野原重明先生は牧師さんの息子ですが、日野原先生にも感じ得なかった見事なまでの、純粋に世の中を救うために自分は生きている感じを彼は出しているのです。ミサの説教はまだたどたどしいものではありましたが、まさに神様の使者としてこの世に生きているんだなと思って涙が溢れんばかりに出てきました。
 人間はどんなに取り繕っても。どんなに上手な言葉を発しても普段の行いが悪ければ必ず顔や目に現れて来ます。
 逆に、松尾神父さんの様にただ目の前にいるだけで人々に感動を与える人がいるんだなと初めて実感しました。
 人の顔はその人の履歴書で全ての人生が書いてあるのです。私は毎月300人の新しい患者さんに合うのですが、過去に悪さをしていて現在は真面目に働いている人も大体分かるようになってきました。過去は消すことは出来ませんが、現在から未来にかけては自分で変える事ができます。何をするにもどんな人生を歩んで行くにも、顔はとても大切な履歴書なのですから、真剣に生きて行くしかその顔を素敵にする方法はありません。いくら形成手術をしても目の奥の履歴書も変えることは出来ません。
  これからの人生、今までの悪い行いや罪を償うために少しでも多くの善行を積んでいきたいと思っています。。
  今年の正月はこれから生きていく上でとても大切なものを教わったとても良い正月でした。
  今年もよろしくお願いします。


 

〒699-0624 島根県出雲市斐川町上直江1421-17
TEL 0853-73-8181 FAX 0853-73-8182

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